弁護士 杉浦恵一
退職金は、そもそもどのような会社にもある訳ではなく、就業規則で退職金規程が定められている場合や、慣習で具体的な計算方法も決まっていて支給することになっている場合など、限られた場合に支給されます。
そのため、退職金規程のない会社では、当初から退職金が支給されない場合もあります。
また、近年では、転職の増加といった事情から、退職金規程・退職金制度を廃止し、退職金分を給与に上乗せする会社や、確定拠出金制度に移行・導入したり、中小企業退職金共済など外部の退職金制度を使う会社もあります。
しかし、まだまだいろいろな会社で、退職金制度をもっている会社もあると思われます。
退職金制度・規程があり、具体的に退職金を支払うこと及びその金額の計算方法などが決まっていれば、原則として退職金を受け取るのは労働者・退職者の権利となりますので、後から(例えば退職後に)、その内容を会社側が一方的に変更することはできません。
他方で、最初から退職金規程の中に、一定の条件が発生した場合、一定の条件を満たした場合には、退職金を支払わなくても済むようしたり、半分など一定割合の退職金をカットする内容の規定が含まれていることがあります。
そもそも退職金を支給するか否かが退職金規程の有無による、つまり退職金規程を作るかどうかが会社側の任意であれば、退職金を支給しない条件や退職金をカットする条件が予め決まっていれば、基本的には有効になるようにも思われます。
しかし、実際にどのような条件でも認められるのでしょうか。
前提として、退職金はどのような性質の金銭なのかという点について、いくつかの見解があります。
例を挙げると、① 退職金は在職中の賃金の後払いとする考え、② 退職金は在職中の貢献に対する褒章とする考え、③ 退職金は退職後の退職者の生活を保障するためのものだとする考え、といったような考えに分かれています。
仮に① ② だとすれば、在職中の貢献を無にするようなマイナスの事態を生じさせたようなときには、減額や不支給とされてもおかしくはないと考えられます。
この点について、法律上は必ずしも明確ではありません。
では、裁判例ではどのように判断されているのでしょうか。過去に退職金の不支給規定の有効性が争われた事例はいくつかあります。
その例を見ますと、
この事案では、退職後に同業他社に就職した場合には、就業規則の定めに従って退職金の半額を返還するという約束の下、退職金を受け取ったものの、退職者が同業他社に就職したため、元勤務先から支払済みの退職金の半額を返還するように求められたという事案です。
この事案では、一審は損害賠償額の予定であるとして、そのような退職金規程は無効だと判断しましたが(※労働基準法16条)、高等裁判所、最高裁判所では、同業他社に再就職した社員の退職金を自己都合退職金の半額と定めることは、退職金が功労への報償的な性格を併せ持っていることからすれば、合理性のない措置とはいえないとし、自己都合退職金の半額しか退職金が発生しないとする趣旨であっても、労働基準法や民法に反するものではないとされ、半額の返還が認められました。
つまり、実質的に一定の事由により退職金をカットすることが認められています。
この事案では、痴漢行為により2回逮捕され、執行猶予付き判決を受けた社員が、就業規則の懲戒条項に基づいて懲戒解雇された上、退職金規程の不支給条項により退職金も支給されなかったところ、その従業員から、懲戒解雇は処分が重すぎて無効であることと、退職金全額不支給とするほどの不信行為には当たらないとして、退職金の支払いを求めて提訴されたという事例です。
これに対して裁判所は、懲戒解雇については有効と判断しましたが、退職金の全額不支給に関しては、賃金の後払い的な要素の強い退職金では、その退職金の全額を不支給とするには、労働者の功労を抹消するほどの重大な不信行為が必要であり、会社と直接関係のない非違行為を理由に、退職金の全額を不支給とすることは、経済的にみて過酷な処分だということで、本来の退職金の3割に限って支給が認められました。
この事案では、バスの運転手が、乗客から合計1150円の支払を受けた際、硬貨を運賃箱に入れさせたが、千円札1枚を手で受け取ってそのまま売上とせずに着服したこと等を理由として、この職員が懲戒免職処分とされた上で、退職手当等の全額も不支給とする処分を受けたという事例です。(※「処分」となっているのは、公務員であるためです)
これに対して、処分を受けた職員が懲戒免職処分と退職手当等の全額不支給の処分の取消しを求めて提訴したという事例です。
これに対して裁判所は、管理者の判断が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるという基準を示した上で、職員による着服行為は、市のバス事業の運営の適正を害するだけでなく、バス事業への信頼を大きく損なうものということができ、また、着服行為を否認しようとするなど元職員の態度が誠実なものであったとはいえないとして、処分の取消しを認めませんでした。
最後の事例は公務員のため、やや特殊とも言えますが、このように、退職金規程で退職金の不支給や退職金をカットする内容が含まれていたとしても、必ずしも全て認められるとは限りません。
退職金規程を整備する場合には、このような点についても注意する必要があるでしょう。
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